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結婚28年で夫婦旅行!九州南部をレンタカーで周遊

定年を前に妻と二人でゆっくり旅がしたいと思っていた。

会社役員という立場上、長期の休みを取ることはこれまでほとんどなかった。せいぜい年に一度、2泊3日の国内旅行が精いっぱいで、それすらも「出張のついで」に近い形で済ませることが多かった。だが今年の春、取締役会で後継体制の話が本格化し、少しずつ現場を離れる準備が整い始めた。そこでようやく腰を上げた。「二人で2週間、九州をゆっくり回ろう」と妻に提案したのは、桜が散りかけた4月のある夜のことだった。

「2週間も?大丈夫なの?」

妻の第一声はそれだった。心配しているのか、それとも本当に嬉しいのか、どちらとも取れる表情をしていた。

「大丈夫だよ。むしろこういう時期じゃないとできないからね」

そう答えると、妻は少し黙って、それからにっこりと笑った。その笑顔を見て、こちらも肩の力が抜けた気がした。結婚して28年、こんなにゆっくりした旅行は初めてかもしれない。

出発地は新潟。九州といえば遠いイメージがあるが、福岡空港への直行便が意外と便利で、フライト自体は1時間半ほどで着いてしまう。問題はその先の移動だ。熊本、宮崎、鹿児島と九州の南部をぐるりと回るとなると、公共交通機関だけでは不便な場所も多い。特に宮崎の山間部や霧島エリアは、レンタカーなしでは動けないといっていい。

「どこでレンタカーを借りようか」

出発の2週間前、ネットで各社の料金を比較していたとき、妻が横からのぞき込んできた。大手のレンタカー会社はどこも似たような料金で、2週間ともなるとそれなりの金額になる。いくつかのサイトを見比べていたところ、「業務レンタカー福岡空港店」という名前が目に入った。

「なんか業者向けっぽい名前だね」と妻が首をかしげた。

「でも料金を見てみると、他のどこより安いんだよね」

調べてみると、もともと法人向けの業務用レンタカーを展開しているサービスで、一般の個人旅行者も利用できるとのこと。ETC車載器も標準で付いていて、福岡空港からのアクセスも抜群。2週間の料金を計算してみると、他社と比べて数万円単位で差が出た。

「これだけ安ければ、その分を食事や宿泊に回せるね」

妻の一言で決まった。迷う理由がなかった。

福岡空港に到着したのは昼過ぎ。国内線ターミナルを出て、業務レンタカーの送迎を待つ間、九州特有の湿った温かい空気が肌に触れた。新潟とは明らかに違う。妻が「もう南国みたいだね」と目を細めた。

手続きはスムーズで、スタッフの対応も丁寧だった。「2週間、どうぞお気をつけて」という言葉を背中に受けながら、コンパクトなセダンのハンドルを握った。九州の道路はよく整備されていて、走りやすい。カーナビをセットして、まず熊本へ向かった。

熊本では2泊した。震災から復旧を続ける熊本城は、想像以上に堂々とした姿を見せていた。石垣の修復作業が続く中でも、天守閣はしっかりと青空を背負って立っていた。

「こんなに大きいお城だったんだね」

妻が感心したように言う。熊本城の周辺をゆっくり歩きながら、復興の歴史について書かれた案内板を二人で読んだ。観光地を「こなす」ような旅ではなく、ただただそこに佇んで、感じる旅。それが今回の旅のテーマだった。

翌日は阿蘇へ向かった。ミルクロードと呼ばれる草原の中の道を走ると、360度に広がる雄大な景色が目に飛び込んでくる。窓を開けると風が入ってきて、妻が髪を押さえながら笑った。

「これ、ドライブのためにある道だよ」

「本当ね。こんな道、新潟にはないもの」

火口近くの駐車場に車を止め、二人で外に出た。硫黄の匂い、噴煙、そして遠くに見える外輪山のスケール。言葉にするのが難しい圧倒感があった。

熊本を後にして、次は宮崎へ。高千穂峡では、貸しボートに二人で乗り込んだ。真名井の滝が目の前に流れ落ちる景色は、写真で見るよりもはるかに幻想的だった。岩と緑と水の色が重なり合って、どこか別の世界に迷い込んだような感覚になる。

「ねえ、こういう旅、もっと早くすればよかったね」

ボートを漕ぎながら妻がぽつりと言った。責めているわけではないのはわかっていた。ただ、素直にそう感じたのだろう。

「そうだな。でも、今できてよかったよ」

それが精いっぱいの返事だった。仕事一筋で走ってきた28年間を、後悔はしていない。でも、もう少し早くこういう時間を作れていたら、という気持ちも正直あった。

宮崎の海沿いを走ったときは、日南フェニックスロードの景色が素晴らしかった。ヤシの木が立ち並ぶ国道220号は、確かに南国の雰囲気があって、二人でしばらく無言でその景色を楽しんだ。青島神社にも立ち寄り、縁結びのお守りを妻が選んでいた。「もう縁は結ばれてるだろう」と言うと、「縁をつなぎとめるためよ」と返ってきた。なるほど、28年経っても妻には勝てない。

鹿児島に入ると、まず桜島の存在感に驚いた。錦江湾を挟んで対岸に見える活火山は、地元の人たちにとっては日常の風景なのだろうが、新潟育ちの自分にはとにかく非日常だった。フェリーで桜島に渡り、溶岩なぎさ公園の足湯につかった。湯の温度がちょうどよくて、疲れた足に染み渡る心地よさだった。妻と並んで足を湯に浸しながら、遠くに見える噴煙をぼんやりと眺めた。

「こういう時間が、一番贅沢かもしれないな」

思わず口に出すと、妻が「そうね」と静かに答えた。

指宿の砂むし温泉では、全身を砂で覆われる体験が新鮮だった。最初は少し息苦しい感じがしたが、慣れてくると砂の重さが体を包んで、じんわりと温かくなってくる。「生き埋めみたいだね」と妻が笑いながら隣で言うので、こちらも思わず吹き出した。

2週間の旅の終盤は、霧島神宮を参拝した。杉の巨木が立ち並ぶ参道は厳かで、空気が違った。二人で手を合わせて何を祈ったかは、お互い言わなかった。でもきっと、大きくは変わらないことを祈ったのだろうと思っている。

福岡空港に戻ったのは出発からちょうど14日目の昼だった。業務レンタカー福岡空港店に車を返す際、走行距離を見たら2,000キロを超えていた。九州の広さを改めて実感した数字だった。

帰りの便の中で、妻がふと言った。「次はどこに行こうか」

まだ帰路の途中なのに、もう次の旅の話をしている。それがおかしくて、少し嬉しくて、窓の外の雲を見ながら笑った。

これからは、こういう時間をもっと大切にしていこう。そう思いながら、新潟へ帰る飛行機の中で目を閉じた。